奥田元宋・小由女美術館見どころ!プロフィールアクセス案内

奥田元宋

「元宋の赤」といわれる独特な赤色が特徴の奥田元宋画伯と小由女先生の

ご夫妻は「ふたりの美術館」を作ることを希望され、美術館に納めるための

作品が散逸しないように手元に置かれていました。

「お二人の故郷であるこの地に美術館を誘致したい」という三次市の強い要望と、

ご夫妻の故郷に対する思い入れとで奥田元宋・小由女美術館が建設されました。

 

スポンサーリンク

奥田元宋プロフィール

生年月日:1912(明治45)年6月7日
出生地:広島県双三郡八幡村(現在の三次市吉舎町)
2003(平成15)年2月15日 逝去 (享年90歳)
文化勲章受章 日本画家
(Wikipedia引用)

小学校4年生の頃から,図画教師であった山田幾郎教諭の影響で絵を描き始められ、
1930(昭和5)年に上京し,同郷の日本画家・児玉希望の内弟子として本格的な
画家生活に入り、1938(昭和13)年の第2回文部省美術展覧会(新文展)で
「盲女と花」が特選を受賞されます。

 

人物画や花鳥画を中心に創作されていたようですが・・・

 

戦況悪化にともない郷里に疎開されます。

 

古典資料もモデルも不足している中で故郷三次の自然を写生することに没頭し,
風景画に開眼され、1949(昭和24)年の日展にて《待月》が特選と白寿賞を
受賞し,風景画家としての画業を歩み始められました。

 

その後,風景画を通して日本画の新たな表現を模索し続け,1975(昭和50)年に
おける《秋嶽紅樹》にて「元宋の赤」を切り拓かれます。

 

以降,自然の風景を赤で表現することに傾倒していかれます。

 

画業の他にも,宮中の歌会始の召人に選ばれる等,短歌の世界に傑出した才能を示され、

1977(昭和52)年に日展理事長に就任。
1984年に文化勲章を受章,
1989年には広島県名誉県民として表彰
1996(平成8年)京都・慈照寺(銀閣寺)の庫裏大玄関および
弄清亭の障壁画を完成。
2003(平成15)年2月15日,多くの人に惜しまれつつ逝去。(享年90歳)

 

奥田 小由女プロフィール

奥田小由女

生年月日:1936(昭和11)年11月26日
出生地:大阪府堺市
3年後広島県双三郡吉舎町(現在の三次市吉舎町)に移る
旧姓:川井小由女
文化功労者 人形作家

1955年広島県日彰館高等学校卒業後、創造的な人形作品に影響を受け,
人形作家を志して上京されます。

 

紅実会人形研究所の林俊郎氏に師事され,人形の勉強に取り組まれ、
1959(昭和34)年に現代人形美術展,日本女流人形展に出品して受賞されます。

 

その他,光風会展,日展,日本現代工芸美術展に出品され数多くの入選を
重ねていらっしゃいます。

1966年光風会展入選、
1967年 新日展入選、日本現代工芸美術展入選。
1972年 日展特選(或るページ)、光風会会員となる。
1974年 日展特選(風)
1977年 杉浦非水記念賞受賞、
1979年 日展審査員、
1983年 光風会を退会、現代工芸美術家協会理事。
1988年 日展文部大臣賞受賞(海の詩)同文部大臣賞受賞。日展評議員、
1990年 日展日本芸術院賞受賞(炎心)
1998年 日本芸術院会員、
2008年 文化功労者。日展常務理事。
2014年 日展理事長。
(Wikipedia引用)

白を基調とした抽象的な造形表現を試みていらっしゃった小由女さんの作品が、
奥田元宋氏と結婚する前後から,色彩豊かな女性像の作品が中心となったようです。

 

展覧会に出品する人形作品の他,レリーフの大作の制作も手がけ、
1998(平成10)年には人形作家としては初めて日本芸術院会員に任命され,
2008年に文化功労者として顕彰されました。

 

2014年7月に日展理事長に就任、同年11月に三次市名誉市民として顕彰されました。

 

他にも現代工芸美術家協会副理事長などの要職にあり,日本を代表する人形作家の
一人として活躍中です。

奥田元宋・小由女美術館とは?

トップページ - 公益財団法人 奥田元宋・小由女美術館
奥田元宋・小由女美術館の公式サイト。日本初、夫婦で文化勲章受賞の日本画家・奥田元宋と人形作家・奥田小由女の夫婦の名を冠した美術館です。

「ふたりの美術館」に展示するために準備されていた、奥田元宋画伯の
日本画作品16点と写生作品4点、奥田小由女さんの人形作品36点の計56点が、
満を持して2001(平成13)年に三次市に寄贈され・・・・

 

「奥田元宋・小由女美術館」の常設展示作品として
広く公開されることになりました。

 

日本画家・奥田元宋と人形作家・奥田小由女の夫婦の名を冠にした美術館です。

 

日本画の「平面」と人形の「立体」という異なる芸術様式の共鳴、
三次市の自然と芸術との共鳴を目指し、美術・芸術文化の振興拠点としての
役割を担っています。

美術館の特徴

自然との調和を基本とする芸術空間の構築を理念とし、奥田元宋作品の
重要なモチーフである“月”にちなんで、実際の月を美しく見せるための
ロビー設計、『元宋の赤』のイメージのシンボルツリーのイロハもみじなど、
随所にこだわりが盛り込まれています。

 

建築物としての美術館も素晴らしい意匠となっています。

 

芸術と自然の綾なす「芸術の舞台」を建築し、自然と人と芸術が交歓する
豊かな感動の場を提供する美術館として創られました。

美術館の活動方針

奥田元宋・小由女夫妻の作品を収集・保管・展示公開し、
その業績を広く顕彰するとともに、地元ゆかりの芸術家の紹介、

 

また国内外の優れた美術作品や日常に見え隠れする芸術・文化を紹介する
特別企画展覧会を実施し、「市民参加型の美術館」として、美術館ボランティア
による美術館事業への協力や市内の学校への学習支援活動など、地域に根ざした
活動を行い文化都市としての意識を高めて、活力あるまちづくりに寄与することを
趣旨とされています。

トップページ - 公益財団法人 奥田元宋・小由女美術館
奥田元宋・小由女美術館の公式サイト。日本初、夫婦で文化勲章受賞の日本画家・奥田元宋と人形作家・奥田小由女の夫婦の名を冠した美術館です。

奥田元宋・小由女美術館公式案内

美術館アクセス・料金案内

住所:   三次市東酒屋町453-6
電話番号: 0824-65-0010
営業・受付時間:9:30〜17:00(満月の日は〜21:00)
利用料金 一般:800円(700円)/大学生:400円(300円)
高校生以下:無料/ペアチケット:1,500円/市内4美術館入館共通チケット:1,000円
※()内は20名以上の団体。
定休日: 第2水曜
駐車場: 240台

芸備線の三次駅からバスで10分ほどのところにあります。

 

館内は広くとても綺麗でゆったりした時が過ごせます。

 

日本画の奥田元宋画伯、人形の小由女さんお二人の美術が常設され、
別の作品の企画展も開催される時もあります。

 

館内のレストラン洋食工房の窓から見える景色も素晴らしく
お料理もとても美味しかったです~~(´∀`*)

まとめ

私のふる里を聞かれたら、奥田元宋画伯、小由女さんと同じです~~ww

分かる人も、分からない人も??・・・(笑)

吉舎町八幡村は山里になります。

今生家があるかは不明ですが・・

元宋画伯と小由女さんはかなりの年差婚の先駆者でいらっしゃいますね。

小由女さんは、同じ日彰館の先輩ということでもとても親しみを感じます。

現在は人口1万にも満たない過疎の町ですが、奥田元宋・小由女夫妻という
素晴らしい方を生んだふる里吉舎町は大好きです。

彼岸花(曼珠沙華)の由来と歴史を知って群生地吉舎に行ってみよう!
お彼岸の頃になると、日本中どこへ行っても彼岸花(曼珠沙華)を目にします。 名所として取り上げるのも・・・という感じがするのですが、それは・・・ 過去形のお話で彼岸花の群生を最近では、あまり見かけることができなくなりました。 開発と都市化がど...

吉舎町は彼岸花の群生地

美術館の近くには三次ワイナリーもありますのでお楽しみくださいね。

 

タイトルとURLをコピーしました