【人生の楽園】6月17日午後6時~宮城・石巻市~ 復興の街を彩り豊かに ~
名古屋市で建設会社を営んでいた後藤文吾さん。
震災後の2011年5月に保健会社の依頼で被災家屋の調査のために石巻市に入り、
津波被害の状況をみて「何か役に立ちたい」と一発奮起され会社を畳み、
夫婦で石巻に移住し、花や野菜を育てながら、ボランティア活動を行って
いらっしゃる後藤文吾さん(65歳)と妻の夫紀子さん(66歳)が主人公です.
目次
後藤文吾さんプロフィール
愛知県名古屋市で生まれ育った後藤文吾さんは、大学卒業後建設会社に就職され、
そこで知り合った広島県出身の夫紀子さんと出会い、24歳の時に結婚し、2人の
子供さんが生まれました。
一級建築士を取得した文吾さんは、建設会社を興し独立されました。
多数の従業員を抱え仕事も順調でしたが・・・
耐震偽装事件やリーマンショックの余波を受け経営の規模を縮小されたようです。
会社を畳んで海外移住が石巻に!?
2011年大震災の発生後炊き出しのボランティアに参加されました。
その後、損保会社から地震保健の査定員の依頼で石巻に入られ、津波に流された街並みに
衝撃を受け名古屋に戻った文吾さんは、夫紀子さんに
「会社畳んで石巻市に移住し、被災者を支援しながら自分たちも新しい
生活を始めたい」 と・・・
夫紀子さんも名古屋のボランティア団体で石巻に支援物資の振り分け作業に参加されて
いたこともあり、自分たちに出来ることが少しでもあれば・・と夫婦で移住を決意されました。
子どもたちも既に結婚して独立し、誰も反対はされなかったそうです。
学生時代は青年海外協力隊に憧れつつも、トライすることなく社会人になったという文吾さん。
結婚後はふたりで建築会社を営みながら、趣味で国内外を飛びまわった文吾さん夫婦の姿を
見てきた子どもたちは、石巻に移住すると聞いても、特に驚かなかったのだろう・・と
笑いながら言える夫紀子さん、素晴らしい夫婦の決断ですねぇヽ(*´∀`)ノ
借家の被害家屋を修繕
名古屋の家を処分した後藤さん夫婦は津波で被害を受けた石巻の大街道エリアの半壊した
集合住宅の1棟を借り、大家さんが再起をあきらめ、取り壊そうとしていた物件を、一級建築士
である文吾さんの手で修繕し、すぐに住めるようになり、2011年8月に石巻に移住されました。
移住直後はどこでも人手が足りず、様々なボランティアに参加され、特に文吾さんは1級建築士の
資格を持っていたため建築現場に呼ばれることもあったようです。
さらに・・・全国からやってくるボランティアの宿泊の場所になればと自宅の隣の空家を
自費で借りてボランティアの無料宿泊場所にもしていらっしゃいます。
震災から6年が過ぎた今
東日本大震災から6年が過ぎた今も、街の整備が続いています。
最初は忙しかったボランティア活動も落ち着き後藤さん夫婦も少しづつ自分の時間が
持てるようになりました。
ガレキに覆われ色のなくなった街に”彩を取り戻したい!”自宅の周りで花や野菜の栽培を
始めました。
育てた花や木は知り合いの神社などに届け、街が少しでも明るくなるように・・・
5年目を迎える移住生活は、ようやく花が咲いてきたところ!
悠々自適の年金暮らし
年齢を重ね、仕事に追われる必要がないリタイアの身だからこそ、深い知識と経験を活かし、
ボランティアで最も大切なのは“自分たちが楽しむこと”と語る文吾さんと夫紀子さん。
明るく、笑顔で毎日を過ごす後藤さんご夫婦の、充実した石巻の暮らしが紹介されます。