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広島県東北上下町ひな祭りの街並みは自然美と歴史とロマンが香る

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上下町

広島県福山駅からJR福塩線に乗って約1時間30分。

広島県東北部の吉備高原にある人口約6,800人の小さな町。

町に降った雨が、北の日本海に注ぐ川と南の瀬戸内海に注ぐ川の上下に

分かれて流れ出すことから名付けられたという上下町(じょうげまち)。

白壁やなまこ壁などの歴史的景観が、訪れる人々のロマンをかきたてます。

 

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※2016年11月25日に公開した記事ですが、リライト記事に必要な文言等を追記、

その他の部分も修正して2018年2月13日に再度公開しました。

[満点ママ]でも取り上げられた町

上下町は県の東北部山間に位置し豊かな自然を持ち、
山陰と山陽を結ぶ石州街道の宿場町として、また石見銀山からの銀を運ぶ
銀山街道の中継地・宿場町として江戸時代に栄えました。

 

幕府の公金を扱う御用商人掛け屋や清酒、醤油などの醸造を営む豪商などが現れ、
この地方の政治経済の中心地として発展した威容を偲ばせる土蔵や町屋が並び、
町並みは当時の面影を残しています。

 

大多数の建物は日常の居住空間として使用され・・・

 

町ぐるみで白壁・土蔵・虫籠窓(むしこまど)など古き良きものを活かした
町造りと景観の保存に力をいれて、観光の町として新たな脚光を浴びています。

上下の町

上下出身の文学者の生家が資料館

上下出身の女流文学者・岡田美知代の生家を資料館として改築され、
今も軒先や室内の梁や柱に、昔の面影をしのぶことができます。

 

館内には、常設展示室、企画展示室のほか、美知代の部屋、昔話の部屋などがあります。

 

さまざまな展示会などが催されているようです。

上下出身の岡田三千代とは?

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商店街のほぼ真ん中に、田山花袋の小説『蒲団』のヒロインのモデルになり、

みずからも女流文学者だった岡田美知代の生家、旧岡田邸があります。

 

美知代は、県議や上下町長などを務めた岡田胖十郎の長女として生まれ、
上京して花袋に弟子入りし、それが縁で、『蒲団』のヒロインのモデルになりましたが、
その後の彼女の人生は、小説のモデルという運命の荒波に
翻弄(ほんろう)されることになったのです。

 

広島県甲奴郡上下町(現・府中市上下町)に豪商の長女として生まれ、
1898年(明治31年)9月神戸女学院に入学するが、文学への志深く、
1904年(明治37年)2月退学して上京、
1905年(明治38年)、花袋に師事、4月女子英学塾(現・津田塾大学)に入学する。
上京の途次、既知の永代静雄と京都で会い親密な仲になる。
静雄との関係が花袋に知れて帰郷するが、その後『蒲団』が発表される。
再度上京して永代との間に長女千鶴子を儲け、
1909年(明治42年)1月花袋の養女として永代と結婚。
長女を産んだのち11月いったん永代と別れるが、
翌年4月再びともに富山へ行き1911年(明治44年)3月長男太刀男出産。
この間、いくつかの短篇を雑誌に発表する。
花袋の『妻』、『縁』にも登場する。
「ある女の手紙」は花袋への意趣返しの意味を持つ美知代の作品である。
1926年(大正15年)、永代と別れ、「主婦之友」記者として太刀男を連れて渡米、
花田小太郎と再婚するが、花田は結核のため単身1927年(昭和2年)帰国。
1944年(昭和19年)、戦争のため帰国。
実妹万寿代の嫁ぎ先の広島県庄原市に住んだ。
第一高等学校・明治大学で教鞭を取り、
草創期の駿台高等豫備學校講師だった岡田實麿は兄。

東西10km・南北14kmの僅かな地域ですが、経済の発達著しく、
文化の熟成された町でした。

 

町の中央には分水嶺が走り、上下川(江の川水系)は日本海へ、
矢多田川(芦田川水系)は瀬戸内海へと注いでいます。

 

元禄十三(1700)年幕府の直轄地(天領)となり備後・備中を
支配する代官所が設置されてから著しく栄え始めたといいます。

 

当時はこのわずかな地域に金融(金貸し)業者が三十三軒もあったそうです。
石見に銀山があったことも無関係ではないようです。

 

メイン通りには民家・豪商・財閥の屋敷・蔵など、当時(江戸末期から明治)の
建物・植物(松)なども残され、歴史の古さを感じさせます。

 

享保二(1717)年領域縮小に伴い、石見大森代官所支配の出張陣屋となり、
幕末に代官所が廃止された後は上下町役場が置かれました。

 

そして、平成16(1904)年4月府中市と合併し、新たな歴史の一ページが始まりました。

 

上下町は歴史の香る美しい白壁の街

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明治時代、雛人形を買うお客で賑わっていた上下町は、今も・・・

 

白壁の町並み(商店街)通りでは、おもてなしの心と出会いを大切にする気持ちを込めて、
餅花を飾りおひなさまの展示が行われます。

 

期間中は様々なイベントも予定されています。

 

上下町出身の名優で昨年10月に亡くなられた平幹二朗さん、

アンガールズ田中さんがいらっしゃいます。
広島府中ふるさと大使

2015年4月、お笑いコンビ『アンガールズ』が、広島県府中市の

『ふるさと大使』に就任されています。

上下人形は伝統工芸品

広島上下人形

上下町ひな祭り開催日時

開催日時: 平成30年2月17日(土)~3月25日(日)
(でこ市): 3月3日(土)~4日(日)
(こだわり市): 3月17日(土)~18日(日)
料金:無料
広島県上下町観光公式案内

 
なかでもこの『上下人形』は、広島県指定の伝統工芸品『三次人形』にルーツを持ち、
明治〜昭和にかけて節句のお祝いに作られたそうですが・・・

 
子供が誕生するとお祝いにこの土人形が届けられたとかで実家では
お雛祭りにはこの天神人形が飾られていました。

 

子供の幸せを願う気持ちが込められているんですね

上下翁座

大正時代に建てられた芝居小屋『翁座』は、現存する木造芝居小屋としては、
中国地方唯一のものです。

 

普段は外観のみ見学可能ですが、ひな祭りや端午の節句には中を見ることができます。

 

古い建物が最近見直され、ふるカフェ系として蘇っています。

 

広島市内では原爆投下で古い建物が残っていないのですが・・・

 

少し離れた所には、こうして白壁の町並みが残されています。

あじさいまつり開催

80種3000株ものアジサイが咲き、別名を「あじさい寺」と呼ばれる神宮寺で、
見頃にあわせて「あじさい祭り」が開催されます。

 

府中市の花でもあるアジサイが境内を埋めつくし、
雨が降っても情緒豊かな風景を楽しむことができます。

 

期間中の土日はさまざまな催しも行われます。

2019年6月3日~7月1日
開催場所: 広島県府中市 神宮寺(あじさい寺)
交通アクセス: JR福塩線「府中駅」から車約15分
主催: 神宮寺
料金: 入場無料、郷土館有料
問合せ先: 神宮寺 0847-45-5118

府中観光公式・アクセス案内

2月~3月はひな祭り、6月は紫陽花祭りと・・・

 

被爆地を離れた上下町では、民家・豪商・財閥の屋敷・蔵など、
当時(江戸末期から明治)の建物・植物(松)なども残されており、
歴史とロマンを感じさせてくれます。

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