10月9日に脳腫瘍のため47歳で亡くなったBOOM BOOM
SATELLITESの川島道行さんの妻で女優の須藤理彩さんは、
所属事務所を通じてコメントを発表されました。
かつて川島道行さんは余命2年と宣告され、その「命」に妻の須藤理彩さんは、
これを力強く否定されていたのですが・・・・
川島道行さんと須藤理彩さんは、2006年11月6に入籍していらっしゃいます。
この頃から既に川島道行さんは脳腫瘍と闘っている身体でしたが、
それを分かった上での結婚だったようです。
川島道行さんのプロフィール
名前: 川島道行
生年月日: 1969年8月24日(47歳)
出身地: 岩手県盛岡市
血液型: A型
所属グループ: BOOM BOOM SATELLITES
BOOM BOOM SATELLITESの川島道行が、今月9日に脳腫瘍のため逝去した。
享年47歳だった。
通夜・告別式は近親者のみで行い、後日「お別れの会(仮称)」が実施される。
なお、日時・場所等の詳細は未定とのこと。(yahooニュースより)
1990年に、同じ大学に通っていた中野雅之さんと結成したBOOM BOOM
SATELLITES(ブンブンサテライツ)ではボーカルとギターを担当されていました。
BOOM BOOM SATELLITESは1997年にベルギーでデビューし、人気が出た後に
日本でデビューをするといった変わった経歴のロックユニットです。
BOOM BOOM SATELLITESは、1969年生まれの川島さんと
1971年生まれの中野さんによって1990年に結成。
1997年にベルギーのR&S Recordsからデビューし、
その後は国内外を舞台に活動した。
デジタル・ロックを基本とした音楽スタイルで、映画「アップルシード」、
アニメ「機動戦士ガンダムUC」、「ニンジャスレイヤー」などの主題歌を担当。
須藤理彩さんとの結婚は?
2006年に入籍された須藤理彩さんとは【デキ婚】だったようですが、
その愛情には偽りは一切なく、病気と闘い、余命を宣告された
川島道行さんを支えながら、2011年には第2子を産んでいらっしゃいます。
タレント活動も積極的に行ってはいたものの・・・
川島道行さんの余命2年の言葉は辛い闘いの日々だったようです。
川島道行は脳腫瘍と闘いながら音楽活動
川島道行さんが脳腫瘍と闘いながら、音楽活動をしていたことは、
多くの音楽ファンなら知っていたようです。
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2015年4月10日に、報道番組【NEWS ZERO】内で川島道行さんの特集が
組まれました。
番組内では、アルバム制作にとりかかる川島道行さんの姿を写し出していました。
須藤理彩は川島道行の余命2年を否定
川島道行さんは、【NEWS ZERO】で報道されていた時は、放射線治療の
治験をうけていて、余命2年の声には真っ向から否定と反論を訴えながら
諦めてはいなかったのです。
川島道行さんと共に最後まで脳腫瘍と闘う覚悟の気持ちと、愛情に溢れた心情と
悲しみが伝わってきます。
10月9日に川島道行さんが死去され、須藤理彩さんの事務所を介した
オフィシャルコメントは、清々しくさえも感じます。
【以下、コメント全文】
10月9日早朝、5時12分。大雨の降る中、まるで歌い出すかのごとく
大きくブレスをとり、川島道行は永遠の眠りにつきました。川島道行を応援して下さったファンの皆様、支えて下さった皆様、
川島の人生をより豊かなものにして下さり心より感謝申し上げます。お父さん、お母さんの息子である「川島道行」、私の愛する夫で、
娘たちにとって優しくてカッコいいパパの「川島道行」、
そして…ミュージシャン、ブンブンサテライツの「川島道行」。短い人生ではありましたが、一度きりの人生でこんなにもたくさんの人生を
生き、そしてそれぞれでかけがえのないものをしっかり残してくれました。どうか皆様にとっての「川島道行」をずっと忘れずに、そして彼の
残したものをこれからも大切にして頂けたらと思います。運命を受け入れ、もがきながらも懸命に音を奏で続け生き抜いた
川島道行を、誇りに思います。 須藤理彩
心よりご冥福をお祈りいたします。