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【訃報】樹木希林さん75歳で死去!家族に看取られて静かに永眠

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「全身がん」を公表していた女優の樹木希林(本名・内田啓子)さんが75歳で15日に死去されました。

シリアスからコメディまで変幻自在の演技で日本を代表する演技派女優として活躍され、
大好きな女優さんでした。

この間も「万引き家族」の映画を見てお元気な姿を拝見したばかりでしたが・・・・

希林さんは15日午前2時45分、家族に見取られながら、静かに息を引き取られたそうです。

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樹木希林さんプロフィール

2012年に、がん体質であることを「全身がん」と公表され、2004年の乳がん発症以降、
約20か所のがんと闘いながらついに帰らぬ人となられました。

生年月日:1943年1月15日 (75歳)

出身地:東京市神田区
配偶者:内田 裕也 (1973年〜)
身長:160 cm
受賞歴:日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞
戸籍名、内田 啓子、旧姓:中谷。

 

今年8月13日に知人宅の外階段で転び、左大腿骨を骨折され、娘の内田也哉子さんに付き添われて
病院に行き、同15日に足にチタンを入れる手術を受けられています。

 

也哉子さんの夫で俳優の本木雅弘さんは同30日に容体を説明され、
「一時は危篤状態の場面もありましたが、無事に危機を回避した」と話されていました。

樹木希林の全身がんとは?

樹木希林

最初に襲ったのは2004年に乳がんが見つかり、翌年右乳房を全摘手術をされました。

 

その後、腸や副腎、脊椎などにも見つかり、治療は約20か所にも及んだようです。
毒舌で開けっぴろげな性格に見える樹木希林さんを変えたのは、やはりがんだったと・・・

最初のがんから14年。
人生観、死生観も変わった。
「がんがありがたい」と思えるようになっていた。
「私の場合、体に広がる全身がん。でもがんに感謝。
経験してなければろくに『死』にも向き合わず、
内田(裕也)さんのこともちゃんと理解しようと思わなかった」

 

最初のがんの術後が良くなく、苦しみ、独学でがんを猛勉強されたようです。

「全身がん」を受け入れながら映画にも出演されたり・・と

どんな治療をされているのだろう?と
興味がありましたがあまり多くは語られませんでした。

 

樹木希林さんが選択したのが「体への負担が少ない」とされる放射線をピンポイントで
照射する方法だったようです。

「がんが見つかってもおっかなびっくりしない。
出ればつぶせばいい。
がんには必ず要因がある。
生活習慣も見つめ直す。
簡単に治らないからこそ、自分に客観的になれ、
生き方がつましくなった」と・・・・

語っていらっしゃる姿には悟りの境地さえ伺えます。

 

がんだけはなく2003年には左目の網膜剥離を発症し、
役者にとっては致命的な失明宣告を受けたこともあったそうです。

 

一時は視界は真っ白で何も見えない状態になりながら・・・
医師の勧めた手術に納得できず、拒んだそうです。

 

しばらく様子を見ていると、少し視力が戻る奇跡が起き、

「人間には医師も理解できない不思議な自然治癒力があるのよ」
が口グゼだったそうです。

 

日本を代表する女優の一人でありながら、マネジャーなしでスケジュールも出演料も、
すべて自分で管理し、決めていらっしゃったとか・・・

 

この理由も「社員を抱えると責任を感じる」と自身の病気が背景になっていたそうです。

内田裕也さんとは独特の夫婦関係

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反骨のロックンローラー・内田裕也さんとの結婚生活は43年になるようです。

 

夫のミュージシャン、内田裕也さんとは別居しながら暮らす独特の夫婦関係を
続けていらっしゃいました。

 

夫が事件で世間を騒がせた時も「私は逃げ隠れするのが一番嫌だから」と率先してマスコミに対応し、
自ら詳細を説明されていました。

 

離れて暮らしながらも、心の中で夫を思い続けていらっしゃる姿は印象的でした。

樹木希林さんモノは持たない主義

渋谷区にあるご自宅の応接間には、モノは持たない主義ということでグランドピアノと
最小限の家具しかないそうです。

 

その中で、ひときわ目立つ木製のテーブルは平幹二朗さんが使っていたものを、
人づてにもらったのだとか・・・・

 

平幹二朗さんも肺がんを患いながら最後まで役者を貫かれ、樹木希林さんも
がんを患いながら仕事を続けている姿には何か共通するものがあるような・・・

 

1月2日に公開された映画『人生フルーツ』でナレーションを担当され、
完成品を見たプロデューサーが、

 

「地上と天空の間から発せられるような見事なナレーション。これは、呪文だ」
と驚嘆したほどの、沁みる声だったそうです。

樹木希林

 

「病気してからも普通に食べるし飲むし。
無理してる感じはないのよね。
年をとっていくことに対して何も抵抗ないから、苦労もないし。
もともと少欲なの。仕事については、基本的に来た順番に引き受けているだけ。
あまり先のことだと、わからないからお断りすることもあるけどね」

葬儀は同30日に東京都港区南麻布の光林寺で営まれるそうです。

 

樹木希林さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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