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北大路魯山人とは?美の追求を樹木希林が語る【日曜美術館】

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北大路魯山人

2017年8月13日(日) 20時00分~20時45分 日曜美術館

「陶芸家としての魯山人〜名品に学んだ陶芸家〜

女優の樹木希林さんが日曜美術館に初登場!食通として知られる一方、独自の美意識で

生涯料理に合う器を作り続けた北大路魯山人の魅力をたっぷりと語ります。

 

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北大路魯山人って?

北大路魯山人(きたおおじろさんじん)は20世紀を代表する日本の芸術家です。

本名:  北大路 房次郎(きたおおじふさじろう)
生年月日:1883年(明治16年)3月23日生まれ
死没:  1959年(昭和34年)12月21日死去。享年76歳

北大路魯山人は明治16年、京都の上賀茂神社の社家に生を受けました。

しかし母の不貞によって生まれた子であった為、父はそれを忌み、割腹自殺を遂げます。

 

魯山人本人もすぐに里子に出され、6歳で京都の竹屋町で木版師を営む福田家に
落ち着くまでは、行き場も無く他家を転々とし、この幼少期の鬱屈とした記憶は
魯山人に終生付きまとうことになります。

 

6度の結婚(1908年、17年、27年、38年、40年、48年)はすべて破綻し、
温かい家庭というものに憧れ、飢えていた彼は、ラジオのホームドラマで
ほほえましい場面を耳にすると、涙を流して嗚咽していたともいいます。

魯山人の芸術分野

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書や篆刻(てんこく)にはじまり、その後絵画、陶芸といった様々な
芸術分野で才能を発揮され、特に、食と器には並々ならぬ興味を示し、
「食器は料理の着物」という有名な言葉を残されています。

 

その芸術活動のなかでも陶芸作品は特に人気があり評価が高く、
現在も全国各地にコレクターがいらっしゃるようで・・・

 

魯山人の器のみで料理を供する料理店も存在します。

 

魯山人自身も美味しいものや珍しいものを食べることが大好きでした。

 

しかしそのうち食べる・作ることだけでは満足が出来なくなってしまった魯山人は、
“おいしい食物にはそれにふさわしい美しさのある食器が必要”だと考え、
自ら陶器を作るようになります。

北大路魯山人作品

魯山人の人柄

つねに傲岸(ごうがん)・不遜・狷介(けんかい)・虚栄などの悪評がつきまとい、
毒舌でも有名で、柳宗悦・梅原龍三郎・横山大観・小林秀雄といった戦前を代表する
芸術家・批評家から、世界的画家・ピカソまでをも容赦なく罵倒し、
この傲慢な態度と物言いが祟り、1936年(昭和11年)に星岡茶寮から追放されてしまいます。

 

逆にその天衣無縫ぶりは、久邇宮邦彦王・吉田茂などから愛されもしたのです。

生前、魯山人は・・・・

「高みを行く人間は、大衆には決して理解されない」

大衆にちやほやされるものは低級の美に過ぎない、自らの信じる美こそが最高だ、
との価値観を持っていたようです。

 

このある種独りよがりともいえるような言動や性格には、孤独で恵まれなかった
その生い立ちが深く関わっていると考えられるようです。

魯山人美食家・料理家として

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美食に対する見識は食客として資産家の家を転々としていたこともあり、
年々深まるばかりでした。

 

1921年、魯山人は会員制の料亭「美食倶楽部」を創業します。

 

やがてその会員数も増えていき、美食倶楽部では手狭になりました。

そこで会員 たちの協力を得て、東京永田町にある料理店魯山人・星岡茶寮を借りて

会員制高級料亭を開き、自ら腕を振るいました。

 

魯山人は料理に関する寄稿も多く、「料理の第一歩」から「フランス料理」に
ついてまで語るほどの美食家、料理研究家でもありました。

陶器作りにも美の追求

作陶を始めた頃は、陶磁器の生地を他人につくらせ自分は絵付けするという
スタイルで食器類を作っていました。

 

しかし何から何まで、全ての工程を一通り自分でやらなければ本格的ではない、
と思った魯山人は1927年(昭和2年)44歳のとき、自分の窯を築き上げて作陶に励みます。

 

陶器作りに対して、魯山人はこのような言葉を残しています。

教養なき自己流のデタラメ、当てずっぽうの作陶は所詮ものにならぬことを力説したい。
要は名器を見て学ぶ態度を修行の第一としなくてはならぬ。
これが私の作陶態度であることは言うまでもない。

魯山人は何も他のものを認めようとしなかったのではなく、
先人達の名品に学びながら、焼き物に取り組んでいたのです。

 

実際、彼は自宅に2,000点を超える陶磁器を集め、日々鑑賞し、
目と腕を磨いていたと・・・・・

 

ただただ、自分の信じる「美しさ」を徹底して求める純粋さ。

 

他人との衝突や批判は、一途で真っ直ぐな探究心ゆえのもので・・・

 

彼が追い求めた「美しさ」は、今も色あせることなく多くの人々を魅了しています。

「北大路魯山人

魯山人の手によって生み出された器は実に20万点ともいわれ、多作な作家であったといえます。

 

しかもどの作品も驚くほど多彩で、魯山人自身が編み出した技法によって誕生した作品もあり、
魯山人はオリジナリティ溢れる独自の器を数多く世に残しました。

 

どの作品においても貫かれているのは、実際に生活の中で用いることを
前提とした「生きた美しさ」でした。

 

「器は料理の着物」という有名な魯山人のことばがありますが、
これも、実際に器は・・「料理を盛ってこそのもの、使うためのもの」
という彼の美意識・価値観によるものです。

 

器に料理を盛って、初めてそれは美しいひとつの作品として完結する。

 

魯山人の器の魅力はそこに込められた「生きた美しさ」の追求から、
決して自己主張しすぎない、あくまで主役の料理があってこそ、
引き立て役としての【器】の役割を、魯山人の根底に潜む繊細さや
優しさの表れなのかもしれません。

樹木希林が語る魯山人は?

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近年では、人気コミック「美味しんぼ」のキャラクターのモデルとしても
取り上げられたことでも良く知られています。

魯山人は、現在の私たちの食卓にまで影響を及ぼすほど、
料理の世界に革命を起こしているのです。

食通として知られる一方、生涯料理に合う器を作り続けた北大路魯山人。

 

型破りで斬新なデザインから時には「焼き物知らず」と言われながら独自の
美意識を貫いた魯山人に心を引かれているのが日本を代表する女優の樹木希林さん。

樹木希林

傲慢と言われ人と衝突することの多かった魯山人の生きざまをどう読み解くのか?

そしてどんなところに魅力を感じているのか?

大好きな樹木希林さんがたっぷりと語り尽くしてくれるのが楽しみです~~

まとめ

ただただ・・・ひたすらに・・・

自分の信じる「美しさ」を徹底して求める純粋さ。

晩年まで、星岡窯で作陶に取り組んだ魯山人。

他人との衝突や批判は、一途で真っ直ぐな探究心ゆえのもの!

魯山人の名言の数々を聞き逃せません~~~ww

昭和30年頃に、人間国宝の認定を受けることを辞退。

「作家は作品が永遠にものを言うのだから、勲章なんてアクセサリーはいらない」

カッコよすぎます~~♪

作品と同様、作品以上に豪快な生き方をした北大路魯山人。

樹木希林さんの生き様にもどこか似ているような・・・

魯山人の器が欲しくなりましたね~~♪

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